数日後。
陽を遮るものが皆無な晴天の中、変わらぬ景色の砂丘を淡々と進み続け、かなりの時間が経過していた。
「なーー、いつになったら着くんだよ」
「バウバウ!」
初めて町を出たクウは尾をブンブンと振り回しながら終始飛び跳ねていた。
「疲れても知らないからな」
そんなキエンも初めての砂丘に内心テンションが上がっていた。ググはというと左右を見渡しながら少し先を歩いていた。
「なぁ、聞いてるのか?」
「……………………」
永遠に思える退屈に嫌気がさし、キエンは深く息を吸い込んで遠くを見つめる。
「あーーーーーー……」
「伏せるのじゃ」
少しふざけていたキエンはググの囁きが聞き取れず、呑気に突っ立ったまま伏せたググとクウをただ見つめていた。
「え?なんて?」
瞬時に剣を抜いたググは状況を全く理解していないキエンの顔面目掛け一直線に刺突を加えた。
「あぶね!!」
反射的に避けたキエンが目をカッピらいてググを見た瞬間、巨大な牙が特徴的な二メートル級のトァルガが地面に転がり落ちる。何かを言いかけたキエンは言葉を失い、その場にドサッと座り込んだ。
「悪い……」
「次が来るぞ、構えるのじゃ」
キエンは無言で立ち上がり、言われるがまま武器を構えた。ググの視線の方向に身体の向きを合わせると、メストァルガの亡骸を前に、殺気立ったオスのトァルガと子供のトァルガが二匹こちらを睨み唸っていた。
「ガァルルルルルル……」
「キエンや、ビビるなよ」
「……わかってるよ」
こちらを警戒しながら徐々に近づいてくるトァルガの親子は、陣形を取りながら円形にこちらを囲む。一定の距離を取り、一歩、また一歩と後退を続け三人の背中が合わさった。
「背中、任せたぞ」
「儂のセリフじゃ」
キエンが武器を構えた時、オスのトァルガを筆頭に次々こちらへ突っ込んでくる。小柄な一頭がキエンに襲いかかるが、修行の成果か攻撃を躱すことはできた。だが躱すのに精一杯で攻撃が当たらない。クウが挑発している隙をみて、キエンが懐に潜り込み斬撃を加えたがギリギリの所で急所を外され、尻尾の先端に斬り込みを入れるのが限界だった。
「……まずは一撃」
ドサッ……
変な物音がして横目で周囲の様子を伺うと、ググの目の前には二匹のトァルガが倒れ、振り抜いた剣をゆっくりと薙ぎ払っていた。
「バウ!」
ググに気を取られていたキエンはクウの鳴き声で、残ったトァルガが攻撃の体勢に入っている事に気付かされ、戦闘に集中する。
鼻から深く息を吸い、ゆっくりと吐く。次の一撃が勝負になる事を全身が告げていた。
「……来い」
「グォォオオ!!」
互いの発声を合図に、互いに相手を目掛けて走り出した。距離が詰まってくるとトァルガは大きく口を開き見上げるほど高く飛び上がった。すかさずキエンは姿勢を低くし短刀を構えた。頭上近くにトァルガが到達した瞬間、天高く目掛けて両手で握った短刀を振り上げた。
ドォォン!
「ヴァァ……」
激しい衝撃音と共にキエンはトァルガの下敷きとなり互いにピクリとも動かない。
「バウ!バウバウ!!」
騒がしいクウに呼ばれググが二人のもとにノソノソと近寄りしゃがみ込んだ。
「何を遊んでおる」
「助けてくれ……重くて動けねぇ」
ググは笑いながら死んだトァルガを引きずり退けた。下敷きから解放されたキエンは自分が殺めたトァルガを目の当たりにし、何とも言えない感情に飲み込まれそうになっていた。
「どうした、早く抜いてやるんじゃ」
「おぉ……」
キエンは下から頭部を貫通する短刀を抜き、血を払った。無言でググから布を渡され残った血を拭い鞘に納め、右手をじっと見つめた。
「戻るぞ」
キエンは何も言わず、ググの後ろをついていく。いや、何も言葉が出ず、ついて行くことしか出来なかったのかもしれない。
来た道を半分ほど戻った頃、キエンはふとあることを思い出し立ち止まる。
「そういえば目的ってなんだったんだ」
「戦ったじゃろ。しかし家族に遭遇するとはな」
「先に言ってくれよ、下手したら……」
「言った所で何が変わる?群れに気付きもしなかったじゃろ」
「それは…………」
キエンは反論の余地なく、納得せざるを得なかった。
――――
日が沈み一日中止まなかった風が止んだ。キエンは視線を落としたまま無心で少し先を歩いているググの足跡に着いていくのが精一杯でいた。
「バウ!バウ!」
後ろに着いて歩くクウが吠え始めるが、気にかける体力すら残っていない。しばらく吠えているクウを少し鬱陶しく感じ振り向いた時、何かにぶつかった。何かと思い正面に目をやるとググの背中があった。
「着いたぞ」
気力だけで進んで来たキエンの体力は底をつき、顔を上げると同時に膝から崩れ落ちた。
「さすがに疲れたろう、今日はゆっくり休むがよい」
「勿論そうさせてもらうよ」
大の字に仰向けで寝転がりキエンは少し不貞腐れながら言った。
解散してかなりの時間が経過したがキエンはまだ町の入り口で寝転がり空を見上げていた。
「おい、お前いつまでそこにいるんだ。邪魔だぞ!」
町の警備兵がキエンに怒鳴りつける。クウはキエンの襟を咥えて家に戻ろうと引きずるがびくともしない。
「わかったわかった」
体力が少し回復したキエンはゆっくりと立ち上がり、クウの頭を撫で家に向かって歩き始めた。道中、ボロボロなキエンはすれ違う人全てにジロジロ見られたが、そんな事気にする暇もなく真っ直ぐ家に向かう。
やっとの思いで家に着いて部屋に入ると、そのままの流れでキエンは倒れ込み眠りに就こうとした。だが、鮮明に残るあの感触と風景がキエンを休ませてはくれなかった。