死の匂い

 ググの脳天に渾身の一撃を与えて一年。キエンは見違える程に成長し、背丈はググに追いつこうとしていて、それに連れて稽古はより一層厳しくなっていた。

「バウ!バウ!」

「来たか」

 大きな荷物を抱え現れたググはキエンの目の前で止まり、荷物を地面に放り投げた。

 ドサッ!

「ほぉ〜、待たせたのぉ」

「その荷物なんだ?それにそのカッケー装備」

「そんなことより、持ってきたんじゃろうな?」

「当たり前だろ」

 肩にかかった革製の鎧は両腕を覆い、まるでこれから戦いに出る戦士のような姿にキエンは気持ちが高ぶっていた。そんなググは持参した荷物をゴソゴソと漁り始めると、中から似たような革鎧を取り出し無言で差し出してきた。

 キエンはそれを受け取り、まじまじと見つめる。

「左腕に着けたらベルトを右腕に通すんじゃよ」

 感心しながら早く強く何度もキエンは頷く。革の重さ、感触、匂いを感じ、思わずこの二年間を振り返らずにはいられなかった。調整用のベルトに右腕を通し、肩から左腕まで覆う革鎧に腕を通した。

「これでいいんだよな?」

 ググは力強く首を縦に振った。短刀を納める腰ベルトも装着すると、全体の着用感をググが確かめ、微調整をしキエンの背中を強く叩いた。

「完璧じゃ、様になっとるのぉ」

「少し重いけど、いいなこれ。ありがとう」

 飛んだり、身体を捻じ曲げたりしてキエンも自分で着用感を確かめる。

「いんじゃよ、これからはそれが必要になってくるからのぉ」

「なんでだ?」

「動きの読めん相手と戦ってもらうからのお……その前に」

 ググは鞘から剣を抜くと、真っ直ぐ地面に刺した。

「軽く合わせなんかどうかのぉ」

 ググの言動に少し緊張感を覚えながらも、恐る恐る初めて腰に装備した短刀を鞘から抜き構えた。

「いつでも来なさい」

 ググの合図とともにキエンは先制攻撃に出た。

 キィィン……!

 腹部を狙った最初の一撃はわかっていたかのように止められ、腕、胸、首すべての攻撃を防がれ一瞬で跳ね飛ばされた。全身を生暖かい風が撫で、周辺で土埃が舞う。ググは一歩下がると剣を納め、大きく頭を振った。

「やめじゃ。日が暮れたら門に来るんじゃ、話はそれからじゃ」

 ググはさっさと無言で身支度をし荷物を背負った。帰り際ゆっくりと腕を上げると、歩き出しながら小さな声で話し始めた。

「忘れ物の無いよう来るのじゃぞ」

 そうしてググは町の方へ行ってしまった。どこかやるせないキエンは胡座をかき、近寄ってくるクウは身体を擦り付けながらキエンの周りを一周すると正面に伏せた。

 正面から心地の良い風が吹き、ローブのフードが波を打つ。クウの頭をひと撫ですると、キエンは両膝を叩き立ち上がった。

 パンッ!!

「よっ……とりあえず家に戻るか」

 勢いよく立ち上がるキエンと同時にクウものっそりと起き上がり、武器と水筒を腰ベルトにぶら下げ二人は歩き出す。曇り空のせいで林道はいつもに増して暗く、吹き抜ける風も冷たく感じた。先を歩くクウを頼りにキエンは地面を見つめとぼとぼ歩く。

 何かいつもと雰囲気の違う林道に違和感を覚え、キエンは立ち止まりあたりを見渡す。林内は妙に静かな気がする。

「気のせいか」

 勘違いだと思い、歩き出そうとした次の瞬間。黒い影と共に一瞬でクウの姿が目の前から消えた。

「え……どこに行った……おい、クウ!」

 焦ったキエンは叫びながらクウの返答を待つ。直後、甲高い違う動物の遠吠えが響き渡り、キエンは鳴き声の方向へ走った。

「クァオォォン……クォォォォォン!」

「クウどこだ、この辺にいるんだろ。いるなら返事しろ!」

 なかなか見つけることが出来ないキエンは時間と共に焦りが増していく。

「おい!ふざけてる場合じゃねーぞ!」

 すると、すぐ横の茂みから顔を出してきたクウが、どこか遠くを見つめ唸っていた。

「お前……心配させやがっ……」

 様子がおかしいクウはキエンの背後に向かって吠えた。すると、またも聞き覚えのない唸り声がすぐ背後から聞こえ、咄嗟にキエンは振り返った。

「ギャァウゥ!!!!!」

 気づいた時にはキエンの背丈よりも高く飛び上がった猛獣が不意をついて襲いかかってきていた。

(やばい、殺される……)

 反射だけで首元に襲いかかってきた猛獣の攻撃をなんとか抑え、地面に振り払ったキエンは瞬時に腰の短刀に手をかけた。

「クウ、やれるか?」

「バウ!」

 護った左腕に視線をやると貰ったばかりの革鎧にこれでもかと痛々しい噛み痕が残っていた。

(またググに助けられたな……)

「クオォォォォォン!」

 先ほどの遠吠えを聞きつけてか、周囲から増援と思える遠吠えが複数響き渡る。キエンは、戦闘態勢に入り唸っているクウを落ち着かせるため額に手を当て一歩引かせた。

「ヤバいな……後ろは頼んだぞ、俺はコイツを」

 呼吸を整え態勢を低く取り、短刀を構える。目の前の猛獣と目が合い、常に流れていた風が止んだ。キエンが息を呑み、額の汗が頬を伝って顎先からこぼれ落ちた時、猛獣が初速から最大速度で一直線に突っ込んできた。目の前で飛び上がり、牙をむき出しにした猛獣を限界まで引き付け、ギリギリの所で攻撃をかわし本気で右腕を振り抜いた。

「グルルルル……」

(いけるぞ)

 片目を負傷した猛獣は血を流しながらも威嚇をしてくる。互いに距離をとり時計回りに一歩、また一歩と距離を詰めていると、周囲の警戒をしていたクウが突然威嚇し始めた。

「ガルゥゥゥゥゥ!!」

 キエンは瞬時に左右に目をやった。すると、既に二人は猛獣の群れに囲まれ逃げ場を完全に失っていた。

(まずいな……)

 二人は自然と背中合わせになり死角を殺し、静止した。

 冷えた空気が林道を抜ける。左目を失った一匹がバチンと尾を地面に叩きつけた途端、猛獣達は一斉に距離を詰めてきた。その数は五匹。猛獣達が到達するまでの一瞬でキエンは限界まで脳を回転させたが、死の恐怖からくる思考回路は停止状態に等しかった。

(ダメだ、捌ききれない……でもコイツだけは!)

 それでもキエンは、生き残るため一匹でも多く負傷させようと、大きく身体を捻じり我武者羅に攻撃を繰り出そうと全力で藻掻いた。

「あぁぁぁぁぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!!!!!」

 ――その瞬間。

 一筋の光明と共に猛獣達の勢いが空中で弱まり、次々と地面に転がり落ちていった。

「なんだ、何が起きたんだ……」

 状況が掴めないキエンは何度か頬を叩き自分が生きている事を確認する。すると、背後から聞き馴染みのある声がし咄嗟に振り返った。

「生きてる……よな」

「ふぅ……間に合ったかのぉ」

 そこには背中で手を組んで空を見上げるググの姿があった。キエンは短刀を鞘に納め、全身の力が抜けたように地面に尻もちをついた。

「助かった……でも、どうしてここが?」

 林道を心地のいい風が吹き抜け、いつの間にか小鳥のさえずりが戻っていた。

「老人の勘じゃよ。それにしても、ジャカルの群れ相手に傷一つないとはお前さんやるのぉ」

 ググは目線を落とし何かを見つめながら言うと、徐に何度も頷いた。

「最初は一匹だったんだ。気づいた時には囲まれてて……」

 ググはいつものように笑った。

「でも生きてるじゃろ」

「……それは」

「それにしても、なぜ………………?」

 急な突風でググの声がかき消される。

「……なんて?」

「気にするな。今日明日はゆっくりしておれ、儂は少し用ができた」

 ググはそう言ってとぼとぼ町の方へ姿を消していった。

「なんだったんだよ」

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