その先の景色

カッ!コンッコンッカッコンッコンッ!!

 本格的に稽古が始まってから約一年が経ったが、未だ一撃もググに攻撃を与えられていないキエンは、黙々と稽古に打ち込んでいた。

「ほれほれどうした、守るので精一杯のようじゃな」

 攻撃を交わし受け流す事に精一杯なキエンだが、身体に受ける事は少なくなっていた。見違えるほど筋肉もつき、ここ一年間の成果は目に見えて分かるほどに成長している。強くなってきているキエンに対して日に日にググの力と速度が増しているのがキエンにも伝わっていた。

「そろそろ俺にも反撃のチャンスくらいくれてもいいんじゃねーか」

「何度言わせんじゃ、戦闘はそんなに甘くないぞ。生きるか死ぬかじゃ」

 木剣を地面に刺しググはその場に座り語り始めた。

「じゃが、この一年で間違いなく成長しておる。お前さんは気づいてないようじゃが、儂の攻撃が日に日に届かなくなっておるのじゃ」

 珍しく、いや初めてまともに褒められた気がしてキエンは微笑みながら頭をかいた。

「んー、そうかな?」

「いいや本当じゃ、そこは自信を持つのじゃ」

 ググの真剣な眼差しにキエンも木短刀を置き、地面に座り前のめりになる。

「でもまだ一発も当てられてねーじゃん。これじゃ負けはしないが勝てもしない」

 頷きキエンの後方遥か彼方の青空を眺めてポツリと呟いた。

「一歩下がり攻撃を受けるのを辞めてみるのじゃ」

「どういう事だ?」

「そのままの意味じゃよ、相手の様子を伺い自分の戦いやすい距離を取るのじゃ」

 どこか納得した様子のキエンは木短刀を拾い上げ立ち上がった。

「まあ待て、ひとまず休憩じゃ、渡したいモノがあるから少し待っておれ」

「わかったよ」

 遠くで無邪気に蝶を追いかけまわるクウは、孤児院へと向かうググを発見すると後を追うように走っていった。完全に一人になったキエンはその場に寝転がり空を眺め物思いにふけた。

「距離……か」

 この一年間身体づくりとググの攻撃を捌く事に精一杯だったキエンは戦い方について考えたことがなかった。距離、攻撃、捌く。永遠に感じる思考の中、一年前ナムに言われた一言を思い出したキエンはある一つの作戦に辿り着いた。

「待たせたのぉ」

「やっと戻ってきたか、早くやろう」

 どこか焦るキエンを余所に、ググは胸元から一枚の封筒を取り出してキエンに渡した。

「おめでとさん、毎年恒例の手紙じゃ」

 受け取ったキエンは早々に手紙をローブのポケットにしまうと、すぐさま立ち上がり木短刀を拾い上げた。

「読まんのか?」

「ありがとう、でも今は考えてた事を試してみたいんだ」

「そうかそうか……では」

 感心するググも木剣を拾い配置についた。

「きなさい」

 合図とともにいつもなら突進するはずのキエンは構えたまま一歩も動かなかった。

「どうした、かかってくるのじゃ」

 キエンは大きく頭を振りググを直視したまま微動だにしない。

「では……ゆくぞっ」

 膝を曲げ、前傾姿勢になったググのつま先に力が入った事を瞬時に感じ取ったキエンは、更に一歩距離を取った。その瞬間、ググは間合いを詰める事を完全にやめた。これでもかと目をカッ開いたググが態勢を整えた隙を見逃さなかったキエンは、瞬時に懐に飛び込んだ。

(いける!!)

 そう思ったキエンだったが、擦れ擦れのところで攻撃をかわしたググに襟元を捕まれると、その勢いのまま宙を舞い、思い切り背中から地面に叩きつけられた。

 バンッ!!!!!

「ッカハァ……痛えぇ……」

 まともに呼吸ができなくなったキエンは一瞬視界が真白になり、落ち着きとともに青空が目の前に現れていった。

「危ない危ない」

 額の汗をぬぐい、一息ついたググはかかってこいと言わんばかりに手招き、キエンを挑発した。苛立ちを隠しきれないキエンはすぐさま立ち上がると一定の距離を保ち武器を構えた。

「おい、ズルだろ」

「ふぅ……ほっほっほ、無駄口を叩くな。かかってこい」

 キエンは自ら挑発に乗るよう勢いよくググの懐に飛び込んだ。

 ッス……カッカッカッカ……ガンッ!!

 初手、喉元一直線に向かったキエンの切先を、全てギリギリのところでかわしたググは、追撃をもろともせず完璧に受け流すと、二人は同時に一歩引き態勢を整えた。

「すぅーーーー……ふぅーーーー……」

呼吸を整え、次の攻撃に入ろうとした瞬間。キエンは謎の光に視界を奪われた刹那、切先が首元をとらえる寸前まで迫っていた。何とかスレスレでググの攻撃を弾き距離を置いたが、正直キエンはググの動きが全く見えていなかった。

(何だ今のは)

 再度態勢を整える。すると先程と同じく光が両目に飛び込んできてググの体勢が変わった。すかさずキエンは一歩後退する。

(なるほど、あの指につけてる飾りの反射だな?)

 キエンは木短刀を肩にかけ誇った様にググを挑発する。

「もうそれは効かないぜ!」

「ほほぉ、たった二回で見抜いたのか。じゃが……」

 同じくググは指輪で目眩ましをすると体勢を落とし勢いよく地面を蹴り出した。すかさずキエンは後退するがググは止まらずに突っ込んでくる。ヤバいと思った途端再度ググから目眩ましをくらい判断が遅れた。後退しようとしたが後ろに木があり逃げ場がなくなった。

(やばい、やられる)

 地面を抉るように掬い上げたググの木剣はキエンの胴体を捉えていた。反射だけで攻撃を交わし、追撃が首元へ来ることを完璧に予測してギリギリでしゃがみかわすと、ググはわかっていたかのように強烈な足払いを繰り出してきた。が、不思議とキエンは無意識に空中へ飛び上がっていた。その瞬間、キエンには全てが緩慢に見え、目の前にはググのガラ空きな脳天、それだけがあった。

(なんだ、全部見えるぞ……いける)

ゴンッ!!!!!

 勢いよく振り被ったキエンの木短刀はググの脳天に直撃し、反動で宙を舞い地面に刺さった。

 呆然と立ち尽くしキエンは両手のひらを見つめる。その手には重く痺れた感覚だけが残っていた。

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