忘れ物

 砂混じりの風が冷たくなり始め、ググがくしゃみをした。キエンは黙々と作業を続ける。

「へっくしょん!……ぬぅ」

 そしてついに最後の枝々を束ね屋根に乗せると、今まで作ってきた全てを一つに縛り大声をあげた。

「出来たーーーー!!」

 それに続いてクウも遠吠えをする。

「ワオーーーーン!!」

(ぐぅ〜〜……)

 キエンは腹を押さえた。

「……クウ飯にするぞ」

「バウ!」

 昼にナムが置いていったバスケットから中身を取り出し、パンをクウと半分に分ける。冷たくなったスープでパンを流し込み、掌を合わせた。

 昼食を片し、草木で汚れた小屋の内外を掃除していると、川沿いでぼーっとしていたはずのググが背中で手を組みトコトコと歩いて戻ってきた。

「お疲れさんじゃ、完成したんじゃな?」

「ようググ。だな、日当たりは悪いけど、雨風は凌げるだろ」

 キエンは両手を上げ大きく伸びをし仰向けに地面に寝転がる。

「ちょっと疲れたなー……」

 するとググはのそのそとキエンに近づいて来た。

「忘れ物じゃ」

 そう言ってググは視界を遮るように、顔面に何かを置いてきた。

「ん……なんだこれ」

 キエンはその何かを摘み、空に掲げた。そして忘れてた事に気がついた。

「手紙……そーか、今日か」

 ググは無言で首を縦に振った。

「毎年毎年手紙で、もう少しなんかないのか?」

 キエンは少し文句を垂れて胡座をかく。そして蝋印を静かに丁寧に剥がした。

『キエン十二歳の誕生日おめでとう。

いつも手紙だけでごめんなさい、怒ってるよね。でもこの手紙だけは最後まで読んでほしい。そして誰にも話さないで。

十五歳の誕生日の日、正午にウルババへ迎えの船が行くので、それに乗ってください。船は町の南にある港に係留する予定です。

ググとババ様はこのことを知っています。二人はウルババに残るはずよ。出発まで何か困りごとがあれば二人に聞きなさい。

迎えの船には信頼のおける方達が乗船しているので安心してください。来るか来ないかはキエン次第だけど、来てくれることを願って待っています。

キエンは一人でもいいし、信頼のおける仲間がいるなら連れてきて構わないわ。ただし二人まで。多くを迎え入れる態勢が整ってないの、ごめんね。

それでは三年後ポードリースで待ってます。

母より』

 キエンの顔面が徐々に手紙へ吸い寄せられていく。

「おめでとうじゃ」

 キエンは初めて動揺した。全身が固まり、呼吸すら忘れていた。そして早口で話し始めた。

「母より……。母よりって……」

 ググの返答には少しの間があった。

「なんじゃ?今まで知らなかったのか?」

「知らねーよ!……母よりって、今までこんなこと……」

 ググは大きくため息をついた。

「あの人も意地悪じゃの。でも、お前さんの母親らしいのお」

 他人事のように、ホッホッホッ、と笑いながらググは背を向け歩き出した。

「なんだよ、戻んのか?」

「少し急用を思い出しての、一週間後にまた来るよい。」

「一週間後?!俺はどーすればいいんだよ!手紙に、困ったらググに聞いてくれって!!」

「おとなしく待っておれ」

 ググは背中越しに右手をあげ、普段より軽い拍子で林の中に消えていった。

「俺……ちゃんと家族がいたんだな……」

「バウゥ……??」

 キエンは手紙を見つめ呟いた。正面でクウが首をかしげた。

――――

 そしてキエンは考え続け、長く感じた一週間があっという間に過ぎた。

 数え切れない程読み返した手紙を大事に胸元に入れ、町の南にある港で途方に暮れていた。

「なあクウ、本当に行くべきなのかな?」

「バウ?」

「わざわざこの街を離れて、会ったことない母さんに会いに行くなんて」

 顔を舐めてくるクウの頭を撫でた。

「そーだよな、ここに居ても何も変わらないよな」

「バウ!」

「三年後か……」

 キエンは港に出入りする大小様々な船を見渡す。荷物を運ぶ大人達の怒号。見たこともない魚の匂い。帆が風を受け軋む音。その全てが、未知の世界へ繋がっている気がした。

 キエンは胸元に手をやり、果てしない水平線を見つめた。

「この海の向こうに……」

 キエンは立ち上がるとクウに一声かけ、小屋に戻ることにした。

「戻るぞ」

「バウ!」

 港を離れても、潮の匂いはしばらく鼻の奥に残っていた。

 小屋に戻ると、入口の横にバスケットが置かれていた。布の端には小さな紙切れが挟まっている。

『ちゃんと食べなさいよ』

 ナムの字だ。キエンは少しだけ笑い、バスケットを小屋の中へ置いた。

「港に行っておったな?」

 声の方を見ると、ググが小屋の壁にもたれて座っていた。

「見てたのかよ」

「見とらんでも分かる」

 ググは目を細め、南の方角を見た。

「それで、少しは決まったか?」

「……わかんねぇ」

 キエンは小屋の前に腰を下ろした。

「行くべきか、残るべきか。母さんに会いたいのか、自分でもよく分かんねぇんだよ」

「なら、考えるしかないの」

「だから考えてるんだろ」

「考えるだけでは足りん。三年ある。何を知り、何を持ち、誰と行くのか。それを決める時間じゃ」

 キエンは胸元の手紙に触れた。

「……誰と」

 クウが隣で首をかしげ、キエンは立ち上がる。

「どこに行くんじゃ?」

「川」

「儂はここで待っておる」

「おう」

 キエンは返事をすると、歩き始めた。

 背後から突風が吹いた。

 胸元の手紙が、服の中で小さく揺れた。

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