風が止んだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
小屋の中から女の荒い息が漏れてくる。ググは腰の剣に手をかけ、空を見上げる。満月がやけに明るい。
「よくみえるのう……」
ポツリとこぼしたとき。
「ウギャーー、ギャァァァァアァァァァ!!」
産声が、夜を切り裂いた。その瞬間、ググの肩から少し力が抜けた。
続いて、小屋の中から声が重なる。
「……っはやく……その子を安全な場所に……」
「そう慌てるな。ほら、元気な……子だよ……」
中が気になりググは静かに扉を開け、わずかな隙間から覗き込んだが、ババ様と目が合った。その目で、十分だった。静かに扉を閉め、腰の剣に手を掛け見張りを続けることにした。
――――
(冷えるのお……)
指先の感覚はなくなり、両手を擦り合わせ息を吹きかけていたら背後で物音がした。
「ご苦労さん。中に入って休みな」
「ありがとう」
扉の向こうから温もりが流れてくる。ググは頭を下げ、小屋の中へ入った。
「お疲れ様じゃ。慣れない環境で頑張ったのお」
労いながら子を抱くアネのもとに近寄り膝をつくと、同時にパタンと後ろで音がした。
「爺や……この子。」
頷き、震えるアネの肩にそっと手をかざした。
「……この子のために、受け止めるのじゃ」
アネは子を抱きしめた。
「ごめんね……ごめんね……」
何度も繰り返すアネの姿に、ググは強く拳を握った。
――――
どれほど経ったのか。気づくと小屋の隙間から差し込む光に手をかざしググは立ち上がる。
「ゆっくりはしておられんのお」
アネは光の先を見たまま止まっていた。少ししてゆっくり立ち上がろうとするアネを支え小屋を後にした。ドアを開けるとババ様の姿があった。
「おはようさん」
アネの肩がわずかに揺れ、ググは軽く手をあげた。
「戻ろうかと思ったところじゃ」
ババ様も軽く手をあげるとアネに近づき、両手を差し出すと子を顎でしゃくる。
「しんどいやろ」
アネは頭を振るが、ババ様が再度尋ねると、子を預け、ありがとうございます、と深々頭を下げた。
「行くとするかのお」
まだ薄暗い中、ググは林へと歩き始める。生い茂る雑草を剣で払いながら、正面に映る光の点を頼りにひたすら小道を進む。光が大きくなり始めたところで立ち止まり後ろを振り返る。アネとババ様は少しずつ後を付いてきている。
「あと少しじゃぞ」
ググは二人に声をかけ、合流したところで歩み始める。
林を抜けると空は紫と橙に染まり、小動物の鳴き声が朝を知らせてくれた。目の前にある大きな孤児院の正面玄関につくと、ババ様はアネに子を抱かせた。着いてきなさい。とアネを中に招いた。ググも二人について中へ入ろうとした時。
「アンタは水とタオルを頼んだよ、準備できたら三階へ来ておくれ」
「了解じゃよ」
物干し竿からタオルを数枚取り中へ入る。古びた木の床が鳴る。台所に向かい桶に水を汲んで三階に上がった。
階段を2階層登り、ババ様の部屋の扉を叩き返答を待つ。
「儂じゃ」
…………
――コンコンコン
「入りな」
「失礼するぞ」
中に入ると丸テーブルに対面で座ってる二人がいた。空いている椅子に着座し、テーブル中央の花瓶から萎れかけたガーベラの花弁が一枚落ちた。
「で、この子はどうするんだい」
クーファンで気持ち良さそうに眠る赤子を顎でしゃくりババ様が切り出すと、アネは肩をすくめる。目を閉じ深呼吸をし、窓から光が入る。
「お願いが、二つあります」
ババ様は少し口角を上げ前のめりになった。
「言ってみなさい」
ずっと握りしめていたアネの拳がひらく。
「……まで」
声が小さく聞き取れなかったのか、ババ様は人差し指を立て聞き耳を立てた。
「この子を、十五になるまで見守ってほしいのです」
ここに来てから初めて力強く話すアネに、ババ様は、いつも閉じかけている目を一瞬かっぴらき、前のめりになって話しかけた。
「もう一つは?」
「定期的に送る手紙を、この子に渡してほしい」
アネは子を見つめ、そんなアネをババ様は見つめていた。
「それでお互いの安全は守れるのかね?」
アネは口を開きかけ、言葉を止めた。沈黙が続き、ググは二人の間に割って入った。
「儂が残ろう」
ググはババ様を直視し、アネは急に立ち上がった。
「爺やそれは」
「いいんじゃよ」
目を丸くするアネを座らせ、ババ様に目をやると、額に手を当て頭を振っていた。
「これだからお前さんは……」
「よいではないか」
ググは機嫌よく返答すると、ホッホッホッ、と笑いながら両つま先で拍を取る。
アネは黙り込み赤子を見つめる。部屋から一瞬物音一つなくなった時、スヤスヤと眠っていた赤子が泣き始め、光が赤子を照らした。
「絶対迎えに来ますので」
アネは深々と頭を下げた。
「約束は守れるんだろうね?」
「必ず」
アネは固く誓った。
話に区切りがつき、全員の肩がストンと落ちた。赤子もまた眠りに落ち、ババ様は立ち上がり窓から外を眺めた。
「んでアネや、これからの事は考えているのかい?」
「私、明日には立とうと思ってます」
ゆっくりとババ様が振り返った。流石に無理だと、ググは止めに入ろうとしたが、やめた。アネの目は真っ直ぐだった。
「本気かい?」
「はい」
強い口調で問い質すババ様に対してアネは即答した。窓際からのそのそと歩きクーファンを手に持つと、アネの目の前に置いた。
「母親として、時間の許す限り精一杯愛してやりなさい」
「はい」
それだけ言い、アネは赤子をすくい上げると優しく包みこんだ。
「ところで、名前は考えているのかい?」
アネはそっと頷いた。
「この子の名前は……」