「バウ!」
キエンは昨夜の豪雨で濁流になった川を見つめていた。クウは身体を寄せこちらを見上げてくる。
「昨日からホント災難だな」
「バウ!」
キエンは黄白色のモフモフをワシャワシャしながら口角を上げると、勢いよく息を吸い、大きくため息をついた。
――――
バタンッ!
「こら、どこに行くんだい!キエン!」
キエンは朝食のパンをポケットに入れ、足早に孤児院を飛び出すと、お気に入りの木棒を手に取り裏の林へと走る。木棒を振り回しながら草木を掻き分けドシドシ前進し、気付けばいつもの折り返し地点に来ていた。
「今日も収穫無しか」
振り返り戻ろうとした時、背後から聞き慣れない音がした。
「なんだ?」
聞き逃さないよう、キエンは瞳を閉じ耳を凝らす。
何も聞こえない。
気のせいかと思い戻り始めた時、先程の音がした。
「クゥン……」
「誰かいるのか?」
目を凝らし辺りを見渡すが、目立った変化はなくいつもと同じ林の風景だ。
「おーい、誰かいるなら返事してくれよ」
「クゥゥン……」
返ってきた。が恐らく林を抜けた先からだった。
「流石に林を抜けたのバレたらババ様が黙っちゃいないよな……」
少しくらいなら、と、茂みを突破して完全に林を抜けると、小屋がポツンと建っていた。
「こんな所に?」
キエンは木棒を構え恐る恐る近づき、扉の前まで来た。
「誰かいるのか?!」
……何も返答がない。
キエンはそっとドアノブに手を掛け、瞳を閉じて大きく深呼吸をする。そして目を開いた瞬間、思いっきり扉を開いた!
小屋の中には誰もいなかった。そのうえモノすらない。何かの気のせいかと扉を閉めようとした時、さっきの音がまた聞こえる。だが小屋の中は皆無だ。
「クゥゥン……」
首をかしげながら扉を閉める。小屋を確かめながら周囲を歩いてみると、裏の物陰で子犬が震えながら縮こまっていた。
「こんな所で何しているんだ?」
「クゥゥ」
「腹減ってるのか?」
「クゥ……」
「よし、ちょっと待ってろ」
ローブのポケットからパンを取り出すと細かく千切って投げた。そして残りを食べた。近づくと首をすぼめる。
「クゥゥ……」
子犬はパンを嗅ぐと何度か鼻でつつきゆっくりと食べ始めた。なくなるとキエンはもう一つパンを取り出し千切っては投げる。そして満足した。
「腹減ってたのか?」
「キュゥ……」
キエンはしゃがんで子犬の頭を撫でる。
「お前名前あるのか?」
キエンは子犬を直視し悩む。地面に視線をそらし、遠くの景色を眺め、そしてまた子犬に目をやる。
「クウ。そうだ、お前は今日からクウだ!」
クウは閉じていた耳を立て、軽く尻尾を振りながらカスカスの声で吠えた。
「キャン!」
――――
「バウ!」
クウの吠声で現実に引き戻された。
雨はやんでいたが空気は重く、いまだ風が強い。
「ダメです」
その言葉がどうしても頭から離れない。
何度頼み込んでも答えは変わらず、クウと一緒には暮らせない。あの目に、ババ様の固い意志を感じた。
「お前一匹増えたところで何が困るんだよな?」
「バウ」
キエンは少し乱暴にクウの頭を撫でると、これでもかと無邪気に尻尾を振り回す。
キエンは大きくため息をついた。
頭を掻きむしりながらゆっくり立ち上がり、川を背にし歩き始める。向かう場所は決まっている。
林の先、あの小屋だ。
屋根は半壊し扉もガタついていた。それでもいい。いいや、それがよかった。
「これはヤバいかもな」
見た目以上に扉はすんなり開き、中から空を見上げる。
「ここだけ何とかしなきゃな」
小屋をぐるりと一周確認して、乾いている箇所を見つけるとドサッと座り込んだ。
「ちょっと休憩だ」
キエンは寝転がり、太陽を旋回する鳥をぼんやり眺めた。
「こんな所におったのか」
頭上から声が聞こえてくるキエンは限界まで首を反らせ、見上げる。
「やっぱりググか」
「なんだお前さん、珍しく元気が無いじゃないか」
「べつに」
キエンはヒョイと立ち上がると大きく深呼吸をした。
「さっさとやるか」
「急に張り切って、何する気じゃ」
キエンは自信満々に答えた。
「屋根を直すんだよ、で、相談なんだけど手伝ってくれねーか?」
「嫌じゃ」