ドゥアールク

 雲一つない青空の下、キエンは孤児院の裏でググの到着を待っていた。

「遅えな……」

 クウは小刻みに脚を動かしながらキエンの周りをウロウロしている。

 肉が焼けそうなほど熱くなった地面と、ジリジリと照りつけてくる太陽は普通に呼吸をすることさえ許してくれず、二人は林の影へ逃げる。

 木陰に入りクウは直ぐ様伏せ、キエンは木にもたれ掛かり大きなあくびをした。目を閉じ何度か深呼吸をしていると、心地良い風が林を吹き抜けた。風の音、木々のざわめき、気づけば膝から崩れ落ちそうになり、木や地面と身体が擦れる音でクウが目を覚まし、キエンは優しくクウの頭を撫でた。

「悪いな、起こしちまった」

 キエンは地べたに腰掛け遠くを眺める。小鳥の囀りが響く昼時を過ごしていると、孤児院の角から現れた人影がひょいと片手を上げてこちらへ向かって来る。

 人影と歩き方でググだと確信したキエンは立ち上がり、額の汗を拭いながら近づいてくるググの元へ歩き出した。

「随分早いのお。ほれ、ナムからじゃ」

「起きちゃってね、ありがとう」

 ググにバスケットを渡されたキエンは、中身を取り出すとすぐに食事を始め、咀嚼しながら喋る。

「ところで今日は何すんだ?」

「戦い方の基礎の基礎じゃの」

 それを聞いたキエンは食事を早く終わらそうとして喉を詰まらせ、胸を叩いてはあっちこっち身体を動かしていたらググが水筒を投げてきた。

「安心せい、稽古は逃げんからのぉ」

 キエンはこれでもかと体をのけぞらせ水筒の中身がカラになるまで飲み続けた。

「っは!死ぬかと思った……ありがとう」

 キエンはググに水筒を返した。

「おい、空っぽじゃないか」

「わりぃ」

 キエンは少し笑いながら両手を合わせ、ひと言だけ礼も込めて謝罪をした。

 場所を変えた太陽が全員をジリジリと照らしつける。ググは右手で太陽を覆い空を眺めながら長めに息を吐き、来た道に戻っていった。

「どこいくんだ?」

「お前さんに飲み干されたからのお……戻ったら始めるからそれまでゆっくりしておれ」

「ほんとか?なんかやる気出てきたぜ」

 ググが戻るのを途中まで見届け、キエンは踵を返すと全速力で走った。

(刀も何も持ってきてねーや)

 軽快に草木を避け一直線に小屋へ向かい、林を抜ける寸前でキエンは急に止まった。

「誰だ?」

 小屋の目の前に見たことのない男が誰かを待っている様子で仁王立ちしている。クウがそいつに向かって吠えているが微動だにしていない。

「バウ!バウバウ!!」

 キエンは警戒しながら林を抜けると、男はこちらに気づいたのか、少し上を向いていた顔が正面を向いた。キエンより遥かに大柄な中年ほどの男は、白シャツに全身紺色の服を着て首から何かをぶら下げていた。少しずつ近づくキエンの足取りは少し重い。

「なんか用か?」

「お前がキエンだな?」

「だったらなんだ」

「何年も探してたんだぞ」

 キエンは理解ができなかった。男の差し出してきた手を無視し話を続けた。

「何の話だ?悪いが退いてくれ、用があるんだよ」

「何も聞かされていないのか?」

「だから何の話なんだよ!」

 男は少し困った様子で空を見上げ少し黙った。

「そうか…………ドゥアールク、俺の名はドゥアールク・ローニアだ。また何処かで会ったらその時は話を聞いてくれると助かるよ、今日のところは帰ることにする」

「そーしな」

 ドゥアールクはその場を後にし、数歩進んだ所で止まり振り返った。

「近づいてくる奴には注意しろ、今の世の中は物騒だ」

「おう、覚えておくよ」

 捨て台詞を吐き、ドゥアールクは林へと消えていった。

――――――――

 ヒュッヒュッ、スッ……ゴンッ!

 その日の夕方、ググが振ったり突いたりする木棒を全力でキエンは避け続けていた。

「危ねぇ!危ねえぇ!イッテェ゙!」

「口を閉じろ、わしをよく見るのじゃ、何度も同じ事を言わせるでない。十分間逃げ切るまで終わらんぞ」

 既に稽古が始まって二時間は経過している。そんなのお構いなしにググは笑顔でキエンを追い詰め続けていた。

 空気がかわり心なしか過ごしやすくなり始めた頃、稽古中の二人を余所にずっと昼寝していたクウは急に立ち上がり、その場で三回まわって遠くに向けて吠え始めた。そして吠えている方へ走り出してしまった。

「おい、どこ行くんだよ」

 クウに気を取られた隙を見逃さないググは大振りに振り被った木棒を全力でキエンの脳天めがけ振り抜いた。

 バキッ!

「イッテェェ゙ェェ゙ェ」

「よそ見するなと何度も言っているじゃろ。お前さんの石頭のせいで木棒が折れたわい」

 後ろを振り返りググは何処かへ向かい歩き出した。キエンはここぞとばかりに一瞬で仰向けになり休憩を取り始めた。

「こんなにキツイだなんて聞いてねーよ」

 そう言って一度瞼を閉じたキエンは自分も気づかぬ間に疲労で気絶する様に眠りに落ちた。

タイトルとURLをコピーしました