キエンが林に入り少し経過した頃、蝋燭の火が徐々に弱まり白煙へと変わった。
「おい嘘だろ?」
絶望と同時にいつも歩いている道でもあり、謎の自信に満ち溢れているキエンであった。
「ま、何とかなるだろ」
数歩進んだ時何かに躓いた。
「あっぶね!根っこ……か?」
いつもなら悠々進む道のはずが、今日に限って月明かりも皆無だった。鼻の効くクウに留守番を任せてしまった為進む術を見失ってしまった。
「こんなに暗かったっけか?どーするか」
木々が騒めき、冷たい風がキエンをより孤独にさせ、先程足を引っ掛けた木の根に座り込んだ。
「ワオーーーーン!」
背後からクウの遠吠えが聞こえた時、睨んでくる地面と目が合いキエンはふと正面に視線をやった。
「見えてきたな」
キエンの体感ではかなりの時間が経過していた。目を細め、遠くの光を直視しながら立ち上がると、軽快な足取りで歩き始める。次第に光は大きくなり林の終わりが見え始めた。
林を抜けると同時に強い向かい風にキエンは右手で顔面を庇い目を細める。一ヶ月ぶりの町、目の前にはずっしり佇む孤児院の背中。等間隔に整列するオレンジ色の街灯にキエンはどこか懐かしさを感じていた。
「遅かったのぉ、待ちくたびれたぞ」
どこからか声がした。辺りを見回すと、孤児院の屋上にググとババ様の姿があった。ババ様の手振りで上がって来なさいと言われている気がしたキエンは二人の元に向かった。
「すぐ行くよ!」
キエンはババ様の部屋まで駆け上がると、丁度良く扉が開きババ様が中へ招いてくれた。
「お入りや」
「ありがとう」
部屋に上がると珍しく、いや、初めて右奥の扉が開いていた。キエンは奥の扉へ案内され、恐る恐る、だが少しドキドキした気持ちで扉の境界線を越えた。中は薄暗く大きな木箱が段になって置かれていた。左側の階段に一つだけ吊るされた豆電球がかろうじて視界を取る。
少し期待しすぎていたキエンは軽く首を傾げる。そんなキエンを余所に、キーキーと鳴る急な階段を、のっそりババ様は登っていく。
「足元、気を付けるんだよ」
入り口を塞ぐようにぼーっと立ち尽くしていたキエンはふと我に返りババ様の後を追った。
四階は時計塔の内部になっていた。丁度良く月明かりが部屋全体を照らし、何層にも重なる巨大な歯車を一層大きく見せる。キエンは初めて見る絡繰りに興味津々でいた。
「ググが待っていますよ」
「やべ、そーだった」
キエンは屋上へ繋がる階段を駆け上がりググの元へ急いだ。
「悪い、遅くなっちまったな」
ググは寝そべって星を眺めていた。
「一人で来たのか、随分遅かったのお」
「それがさ……」
二人は屋上の中央にある机に座り、ここまでの道中や、一ヶ月間の出来事など話題が尽きることがなかった。そして昼間の脱水、蝋燭も然り、準備を怠るなとググに叱られている最中木箱を抱えたババ様が上がってきた。
「随分賑やかにやってるじゃないか」
ババ様の登場に場は和みググはすっかり師匠からお爺さんになってしまった。
「おぉ、やっと来たか。これで役者が揃ったのぉ」
キエンはこれから何かが始まる予感がし、ググとババ様を交互に何度も目を移した。ヨロヨロと歩くババ様がドンと木箱を卓上に置き着座し、それに合わせてググも居直る。
「少し遅くなってしまいましたが、改めて。キエン誕生日おめでとう」
そう言ってババ様は卓上の木箱をキエンに渡し、キエンは照れくささを隠しつつ受け取った。
「あ、ありがとう。開けてもいいか?」
「勿論だとも」
キエンが視線をググに移すと、ググは優しく頷いた。そしてキエンは勢いよく箱を開け中身を取り出した。中には新品の衣類が一式入っていた。
「いいのか?!」
「いつまでもオンボロな恰好じゃみっともなかろう。明日からそれ来て励みなさい」
「おう!」
キエンは贈り物を大事に木箱へ戻し、正面ではググが机の下でガチャガチャと何かをしている。
「儂からは……コレじゃ」
机の下から何かを持ち上げると、ガシャンと鞘に納められた刃物が二本机の上に置かれ、キエンは目をカッぴらいて躊躇せず手を伸ばした。
「まだ触るでない、その前に一つ確認したいのじゃが」
「なんだ?」
ググは再度居直り両手で卓上の武器を抑え口を開いた。
「お前さん本当にポードリースへ渡るのじゃな?」
ググの真剣で、でもどこか力の無い声にキエンも背筋を伸ばして答えた。
「当たり前だ。俺は俺の真実を知りたいんだ」
聞くまでもなく、キエンの意思は固かった。追い打ちをかけるようにググは緊張を与える。
「戻ってこれる保証はないのじゃぞ?」
それでもキエンは頷きググの瞳を直視した。横目でババ様に視線をやると目を瞑り下を向いていた。ググは武器を二本、一つずつキエンの目の前に差し出した。
「右が短剣、左が短刀じゃ。鞘から抜いて見てみるといい」
キエンは卓上に鞘から抜いた両方を並べてマジマジと見比べていた。何十何百と目を左右に振り瞼を閉じた。腕を組み悩み抜いた末、瞼を開き順番に右手で感触を確かめた後、刀を手に取り天に掲げた。
「こっちだな」
掲げた短刀を左右に傾け、月明かりで淡く輝く先端にキエンは見惚れていた。
「折角じゃ、下で着替えてくるといい。その後腰ベルトに刀を装備してやるわい」
「本当か?!」
キエンは急いで立ち上がると、着ていた服をほっぽり投げ、その場で寒がりながら着替え始めた。土汚れが酷く所々破けてる服を脱ぐと砂色の上下に着替え上からローブを羽織った。
「ピッタリですね」
「そうじゃな」
ローブが風で羽ばたき、キエンがサマに見える。最後に靴の紐を足首で一周させてから結び、全体を自分で確かめ飛んだり歩いたり着心地を確かめながら押さえきれぬ笑みをこぼしていた。
机の周りを歩いていたキエンは二人の正面でピタリと止まると、ペコリとお辞儀をした。
「ありがとう」
珍しく律儀なキエンに二人も笑顔で応えた。
「どういたしまして」
二人の背後を一本の光が駆け抜けていった。キエンは再び腰を掛け、三人は満天の星空を見上げながら静謐なひとときを過ごした。